更新日:2024年2月28日
令和2年3月26日に愛西市東條町にある西照寺に安置されている仏像3躯が愛西市指定文化財に指定されました。
西照寺は複雑な変遷を持つ寺院で、指定された仏像はその美術性に加え、寺院や地域の歴史・宗教、過去の寺院間のつながりを現在に伝える歴史的な意味もあります。
<西照寺の変遷>
かつて、真言宗の大寺とされる「遍照院」という寺院がありましたが、1570~1574(元亀元~天正2)年に起きた長島一向一揆の際に焼失しました。その後、村内に「薬師堂」を造立して薬師如来像を安置しました。
1934~1936(昭和9~11)年にかけて、現在のあま市甚目寺町より「西網之坊」が薬師堂に移転し、「西照寺」と改称されました。
名 称:木造薬師如来立像
員 数:1躯
時 代:平安時代前期
由 来:遍照寺より伝わる仏像。言い伝えによると、長島一向一揆の際に地面に埋めて
戦火から守ったとされています。
特徴は、通形の薬師如来像とは逆手となっている点です。
名 称:厨子入木造聖観音立像
員 数:1躯
時 代:鎌倉時代
由 来:現在のあま市甚目寺町にあった西網之坊という寺院の本尊です。
鎌倉時代の作と考えられ時代性がよく表れています。
名 称:木造地蔵菩薩坐像
員 数:1躯
時 代:室町~江戸時代
由 来:1915(大正4)年に名古屋市西区の医王寺より薬師堂に移された仏像です。
地蔵菩薩像でありながら定印(手指の形の一種)を結んでいる特徴があります。
拝観をご希望される方は、西照寺のホームページより事前にご連絡ください。