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ユネスコ無形文化遺産(尾張津島天王祭車楽舟行事 市江車)

更新日:2023年7月24日

尾張津島天王祭の市江車について

 尾張津島天王祭車楽(だんじり)舟行事を含め、全国で33行事がユネスコの無形文化遺産に登録されました。
 ここでは尾張津島天王祭で津島市から出る五車と共に行事を担う、愛西市の市江車(いちえぐるま)について紹介します。
 市江車は津島五車と比べて、古式ゆかしい姿を残しているとも言われています。

市江車の見所と特徴

 尾張津島天王祭は毎年7月の第4土・日曜日に行われ、宵祭(よいまつり/土曜日の夜)と朝祭(あさまつり/日曜日の朝)に分かれています。
 織田信長もこの祭を見たとされ、その歴史は600年以上あると言われています。

宵祭~津島五車による幻想の世界~

 土曜日の夜に行われる宵祭は、津島五車が500個以上の提灯で飾られ天王川公園の丸池へ漕ぎ出します。とても幻想的な光景を見ることができます。なお、宵祭では市江車の参加はありません。

宵祭の巻藁船

朝祭~市江車による神事の要と勇壮~

 日曜日の朝から行われる朝祭は、午前8時半頃に津島神社神職等の出迎えの赤舟によって始まります。
 市江車を筆頭に津島五車が続いて天王川公園の丸池へ漕ぎ出します。津島五車は夜のうちに提灯を外し、市江車とともにきらびやかな幕などで飾られます。

市江車の特徴 
 ①津島五車より大きい
 ②車楽舟上部の置物(能人形)が神籤(みくじ)で毎年選ばれる。
 ③徳川家康から拝領されたという小袖幕を積んでいる。
 ④車楽舟の前面に“葵の紋”が見られる。
 ⑤下帯姿の10人の“鉾持ち”が乗船している。             など

 丸池の中ほどまで進むと、鉾持ちが次々と池に飛び込み、鉾を担いだまま古式泳法で御旅所まで泳ぎます。
 市江車から10人の鉾持ちが一直線に御旅所を目指して泳ぐ姿は勇壮であり、祭の伝統を受け継ぐ若者の力強さが感じられます。

鉾持ちが飛び込む前の市江車

市江車から鉾持ちが飛び込み、御旅所を目指す

一番鉾の上陸

尾張津島天王祭朝祭の紹介動画


街角で見る市江車行事~児行列~

 7月の第四土曜日の午後、愛西市西保町の星大明社(星の宮)から佐屋町の佐屋くひな公民館まで児(ちご)行列が行われます。
 星の宮で試楽が奏でられた後、子どもたちによる紅白の花持ち、鉾、置物(能人形)や児(足が地面につかないよう肩車)、裃姿の車屋(祭を統括する代表者)などが行列に参加します。
 途中、須依の交差点からは旧東海道脇往還の佐屋街道を通行します。佐屋宿の名残ある道を古式ゆかしい行列の一行が通行します。

肩車される児

佐屋街道を行く児行列

花持ちの子どもたち

こんなところにも市江車

津島天王祭 市江車車田址

 江戸時代、尾張藩主は朝祭の中心となる市江車に53石余の土地を与え、その土地からの年貢を市江車の費用にあてるとして、祭を保護しました。この土地は現在でも「車田」という地名であり、市江車車田址という石碑が建てられています。
 場所:東保町車田(西條八幡社や林證寺を目印にして、水路の西側)

尾張津島天王祭 市江車車田址

愛西市文化会館の緞帳

 愛西市文化会館ホールの緞帳(どんちょう)には朝祭の市江車の風景が描かれています。
 市江車のほかにも、旧東海道脇往還佐屋街道の佐屋宿、佐屋代官所、大野城、佐屋川なども描かれています。

愛西市文化会館ホールの緞帳

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愛西市役所 教育委員会 生涯学習課
電話: 0567-55-7137
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